スキップしてメイン コンテンツに移動

春爛漫




春爛漫・春たけなわ・春一番・花曇り・新緑
陽炎(かげろう)花冷え・春眠・陽春・薫風(くんぷう)

すっかり春らしくなりました。
そして過ごしやすい春はほんの少しですが、
今この時の大事なひとときをしみじみ味わいたいですね。

蒸しばむ夏はもう近づき始まりつつありますが
この少しの期間の貴重な季節、
この素晴らしい季節をしみじみ味わいたいですね。

あっと言う間に本格的な夏が始まってしまいますが、
日本の素晴らしい季節の花の美しさや、輝く太陽、この清々しい風の香り。

日本の四季は美しいですが、この美しさは先祖から、
もっと言えば、先祖が介する神々からのプレゼントだった事と思います。

今、日本人の意識や遺伝子や、所作や習慣やおもてなしや
もっと言えば「ご縁」という言葉に隠された日本人だけにわかるような
ニュアンスが隠されているような気が致します。

「ご縁」という言葉は仏教用語であるそうです。
「物事はすべて繋がって成り立っている」そうです。

今、起こっている事も、引き寄せていることも
良い事も嫌な事も、素晴らしい事もつまらない事も
嬉しいことも、悲しい事も、人も物事も繋がっているのかもしれません。

今、この時期に皆さまがこの文章を読んでくださっている事も・・
そう思うと、良いご縁は大切な貴重な命に関わる事にまで繋がってくるかもしれません。

花を観ながら、風を感じながら、今、事務所のベランダから観える景色に
以前(前世)にも、きっとこんな風に想った事を、更に繋げて今を生きているような
気持ちにさせてくれた春の「良い風や花の香り」でした。

ざわざわとしたエネルギー、生きていくためのエネルギー
優しい穏やかなエネルギー、生きていることに感謝するエネルギー

どちらも必要ですが、
睡眠をよくとって、陽によく当たって、
心を軽くして、心からやりたいと思えるような心身を得られますように!!

4月半ばも過ぎました。
皆様、週末、良い週末をお過ごしくださいませ。

ごきげんよう!!

春の曲    






















コメント

このブログの人気の投稿

ご縁の整理

ご縁の整理とは? 最近、色々な周りのご縁が変化しつつあります。 「なぜか、以前あんなに、話をしていても楽しかったのに 違和感が出てきたように感じる」を体験しています。 皆さんもそんな経験を何度もおありだと思いますが。 もっともっと以前、 良くないご縁(自身では良いご縁と思っておりましたが)を 突然に切り裂かれた事がありました。 その時は渦中にいて何が何だかわからない時間を過ごしていましたが、 今から想うと、それはこのまま続いていく未来を 見ていられなかったご先祖様か、守護霊か、神様が、 私を助けてくれたのかと今は感じています。 縁が整理されていく間は・・・ 寂しく、心細く、物足りない時間の中にいて、 孤独を味わうかもしれませんが、必要な時間だと感じています。 魂の成長は、相手も成長し、 違う縁と結ばれるために互いに歩き始めていきます。 満杯の器には、新しい縁も零れ落ちていきます。 空いた空間は必要です。 合わせる・我慢する・空気を読む そうした行動をやめた時、空いた空間が出てきます。 頑張らなんくていい、自分でいられる、自分を裏切らない、 そんな空気が出来た時、良いご縁が潜り込み、 安定した自身でいられると思います。 魂が成長すると 「良い人を演じなくていい」 「楽になれる」 「わがままとはとは違う自分らしくなれる」 「無理しない」 「自分らしく生きる」 それが魂の成長につながるのではと思っています。 無理な縁だと感じたら、手放すことは必要だと思いました。 おかしいと気づかなくても、強制終了もあるという事を思い切り体感しましたが、 これは自身を助けてくれるものがあるということですが、 この「不思議な出来事」に助けられるには痛みも伴います。 普通に穏やかに切れていくには、 普段からの良い行いや、先祖供養が必要なのだと感じる今日この頃です。 皆さんはどう思われますか? ここのところ、又、寒さがぶり返してきて、 洗った冬物を又取り出して着ています。 三寒四温、もうこの寒さを過ぎると、 きっとぽかぽか春になるのでしょうか? 関西では奈良のお水取りまでは寒さはあると言われています。 今年の奈良東大寺のお水取りは「3月1日~3月14日(土曜日)」 やっぱり14日過ぎたら春ですね!!きっと!! 皆様、気温差でお風邪召されませんように!! ごきげんよう!!

ハナミズキの想い

さくらが散りゆく頃に、その寂しさを埋めてくれるように 「はなみずき」の花が咲き始めます。 桜の花びらが散り、じゅうたんのように敷き詰められた頃、 「はなみずき」が登場します。 花言葉は 「想いを受け取ってください」「華やかな恋」「返礼」 今日、大切にしていた方の四十九日でした。 今度一緒にお喋りしましょうと約束をしていました。 病気になられて、それから月日が経ち、 その約束は叶いませんでした。 最後にお送りしたメッセージは受け取って下さったと思います。 いつか叉「むこう」か「次の世」でお会いできると思います。 人の死は必ず公平にやってきますが、 「生き様は死に様」といわれますが、 愛する方が見守る中で静かに微笑むように亡くなられたそうです。 わたしもいつかそんなふうに逝きたい。 はなみずき 空を押し上げて 手を伸ばす君 五月のこと どうか来てほしい 水際まで来てほしい つぼみをあげよう 庭のハナミズキ 薄紅色の可愛い君のね 果てしない夢がちゃんと終わりますように 君と好きな人が 百年続きますように 夏は暑過ぎて 僕から気持ちは重すぎて 一緒に渡るには きっと船が沈んじゃう どうぞゆきなさい お先にゆきなさい 僕の我慢がいつか実を結び 果てない波がちゃんと止まりますように 君と好きな人が 百年続きますように ひらり蝶々を 追いかけて白い帆を揚げて 母の日になれば ミズキの葉、贈ってください 待たなくてもいいよ 知らなくてもいいよ 薄紅色の可愛い君のね 果てしない夢がちゃんと終わりますように 君と好きな人が 百年続きますように 僕の我慢がいつか実を結び 果てない波がちゃんととまりますように 君と好きな人が 百年続きますように 君と好きな人が 百年続きますように 今日、外は雨です。 静かな時間が過ぎていきます。 四十九日は、故人の方が、次の世界へ旅立つ日だそうです。 いっぱいの感謝を込めて!! 合掌

さくら舞い散る時

大切なことが何かを見失わない限り、 日々の暮らしや環境が、どんなにかわっても生き方はかわらない。 なのに大切な人を苦しめてしまうことがある。 すれ違い、勘違い、間違い、想い違い。 そんなことを繰り返し、歳を重ねて今がある。 もしあの時こうすれば・・そんな事を悔いた事もあったけれど、 それもこれも自身で決めたこと。 自分自身の物語はきっと生まれる前に決めてきたこと。 私達がこの世に来た事、そして今の時代に来た事。 決めてきたのだろうと思う今日この頃です。 今朝は歩いて事務所まで出勤でした。 時に風で舞い散るさくらの花びらは、 愛し恋し、懐かしさがこみ上げるような素敵な風情でした。 コロナ禍で施設の中にいる、さくらが大好きな母や叔母とのお花見は 昨年・今年と実現しませんでした。来年こそ!!きっと!! 「駄作」という時代劇映画の中から・・・(朝ドラのひとこまから) 感銘を受けた言葉、 『暗闇でしか見えぬものがある。暗闇でしか聴えぬ歌がある』 辛く苦しい経験をしてきた事で感じた想いや経験が 自身の才能として生かせれるのかもしれませんね。 スポットライトが当たらない時に 人の魂が磨かれ、輝くようです。 その時の過ごし方が大事!! ですね!! 今日も明日も、神様が観てくれています。 幸せな時間お過ごしし下さいね!! 感謝!! 桜色舞い散るころ  中島美嘉 桜色舞うころ 私はひとり 押さえきれぬ胸に 立ち尽くしてた 若葉色 萌ゆれば 想いあふれて すべてを見失い あなたへ流れた めぐる木々たちだけが ふたりを見ていたの ひとところにはとどまれないと そっとおしえながら 枯葉色 染めてく あなたのとなり 移ろいゆく日々が 愛へと変わるの どうか木々たちだけは この想いを守って もう一度だけふたりの上で そっと葉を揺らして やがて季節 ( とき ) はふたりを どこへ運んでゆくの ただひとつだけ 確かな今を そっと抱きしめていた 雪化粧 まとえば 想いはぐれて 足跡も消してく 音無き いたずら どうか木々たちだけは この想いを守って 「永遠」の中ふたりとどめて ここに 生き続けて めぐる木々たちだけが ふたりを見ていたの ひとところにはとどまれないと そっと おしえ...