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盂蘭盆会(お盆のお話)

 







小さな時、お盆のお詣りに来られるおっさん(お坊さん)が
毎年絵本を下さいました。
(その中の一つの話にお盆の由来・ルーツのもとになった
お話が書かれていました)
お釈迦様のお弟子さんの「目連尊者」と言われる神通力に優れた人がいました。
その目連尊者の母上は尊者にとっては、凄く良いお母さんだったようですが、
そのお母さんはお金貸しで(高利貸し)、人には酷いことをしていたようでした。
酷い事とは、高利貸しで、取り立てが酷かったそうです。
それによって亡くなった人がいたり、一家離散をしたり、
とにかく人には疎まれていたようです。
叉、ひとりっ子である尊者が可愛くて仕方なかったようですが、
食べ物や飲み物も「尊者だけ」助かれば良いという考え方のようだったみたいです。

尊者は死んでからお母さんの悪事や自分にだけ優しかった事を知ってしまったのです。
餓鬼道に落ちた母親を見て、尊者は母親を助けたくて「お釈迦様」に相談した処、
「夏の修行が終わる7月15日に、多くの僧たちを集め、供物を供え、供養を
しなさい」と諭されたそうです。言われたように供養を行ったところ、母親は無事に救われたそうです。
そこから餓鬼道に落ちた仏様を救う行事が行われているようです。
子供心に自分の母親が他人に優しい人であってほしいと願ったり、自分も人にも
優しい人にならなければと思ったものでした。

お盆は7月の「旧暦盆」、8月の「旧盆」がありますが、
もともとは7月にお盆を行っていたそうですが、7月は農作業が忙しく
その時期に出来ない人達が8月に「お盆」行うようになったそうです。

子供の時に感じた「色々な想い」が蘇る時期です。

ご先祖様はいつも私達子孫を見て下さってはいますが、
「お経」や「供物」や「お水」や「炊き立てのご飯」などなどで
日々、お元気にしてあげなければ、力が湧いてこないそうです。

日々、手を合わせる心とご先祖様を敬う気持ちが、更に私達と
ご先祖様の絆を深くしてくださるように思います。

お盆に向けて、更に皆様がお幸せになられますよう、
手を合わせたいと思います。

合掌

ごきげんよう!!
暑さに負けず、
良い連休・お盆をお迎えください!!





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