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アニミズム 宿る神様

紫陽花(むらさきの紫陽花)
「一家団欒」「家族の結びつき」「和気あいあい」

下記、五木寛之の言葉です。

日本には世界に誇るべき思想がふたつあります。
ひとつはSyncretism(シンクレティズム)、
神仏混淆という考え方です。
仏壇と神棚が同居していても争いにならない。
一神教同士の原理主義的な宗教対立が先鋭化して
世界の発展を阻害している時代だからこそ、
共存思想が輝きを放つのです。
もうひとつが、Animism(アニミズム)、
山にも川にも、一木一草にも精霊や神が宿るという考え方です。
今日の環境問題の根底には西欧的な人間中心主義があります。
人間も地球の一員という発想は、
アニミズムの根からしか生まれてきません。

上記、とっても難しく書いてありますが、
日本には、神仏習合の歴史がありました。
日本土着の古神道(こしんとう)と仏教が融合していた事。
それが明治元年(1863年)3月から、神社から仏教的な要素を排除
しようとし、今日に至りますが、
日本人の心は、根強く、上記の心、
アニミズム、山にも川にも、一木一草にも
精霊や神が宿り、神仏に手を合わせる事が魂に引き継がれている。

絶滅させようとも
この魂の炎は消えなかったという事ですね。
消えそうな灯火が脈々と残り、
今まさに、この大切な日本人の想いを発揮する事が大切ではないかと。

本日の「クマさんの独り言」読まれましたか?
いつの間にか、日本人の心を忘れた、政治家たちに
色々と決められてしまい、私達はどこに行ってしまうんだろう?
と思うような記事でした。

神仏に手を合わせる気持ちがあれば、
基本、
人に迷惑をかけない、
人が喜んでもらう事をする。
三食のごはんに手を合わせる。
それはいつも神仏が観ているから。

いつの間にか、人が悲しくなるような事をしても平気な人が
この世を支配しているように思えてなりません。

どうか少しづつでも、
私達が手を合わせる姿を、大事な人たちに見せる事から
灯火が大きな火となって、日本人の心を取り戻すように
なれるのでは?と思ってなりません。

本日は肌寒いお天気でした。
風もあり、まだまだ季節は不順ですが
どうぞ皆様、お身体ご慈愛下さいませ。

感謝!!
ごきげんよう!!




















 

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